一冊の本にはどんな花が?読み終えたあなたの心の中にはどんな花畑が?彩り豊かな毎日を、本が創りあげてくれます。

日常生活では常にショートヘアーなので、たまにウィッグを付けて街へ出ると何だか違う自分に生まれ変わったみたいで凄く楽しくなります。

ふたりの信長

かなり前に、織田信長の伝記を読みました。……とはいっても、児童向けです。歴史があまり得意ではないので、まずは手軽なところからと手に取ったんです。私はそれを読んで、織田信長はいい人だったんだなあという印象を受けました。人に愛される性格をしていると感じましたし、実際本にもそう書いてあったからです。そして先日、一般書の織田信長を読んだのですが……びっくりしました。確かに、いい人ではあったようです。でもさすが戦国武将、やることはやっているんですよね。子供向けではさらりと書かれていた、いわゆる人の生死に関する部分が、大人向けの方ではしっかり書かれていました。裏切りなんて当たり前、戦わなくては殺されるし、失敗すれば腹を切る時代ですからね、当たり前です。いきなりこれを子供が読んだら衝撃でしょうから、児童書は児童書でいいとも思います。ただ自分の無知ぶりが嫌になりましたけれども……勉強になりました。史実に基づいた話とはいえ、会話などは残されていませんよね。これは書き手の創作みたいなものなのでしょうか。そうだとしたら、他の方が書かれた信長はまたイメージが違うのでしょうか。読み比べをして見るのも楽しそうだと思いました。

自分をもちつつ合わせつつ、微妙なバランスのとり方

仕事でも人間関係でも、文句のないことって無いと思います。全てが思いのままに行くなんて夢の又夢です。結局は人間同士のお付き合いなので、不満がないということは相当難しい物だと思います。一番近い家族ですら、理解できない事が合って当たり前なんですから。それでもやっぱり、文句や愚痴を言った時にうんうんと聞いてくれて、励ましてくれる人がいるととても助かります。そうだよね、大丈夫だよと、声をかけてくれる人がいるだけで心強くなるんです。人間100人いれば100通りの性格があります。いくら似かよっていても全てが同じというのは無いと思います。なので人間同士のお付き合い、ある程度は妥協してつきあえばそれなりに上手くいくもんだと思っています。でもどうしても合わない人とは、縁が無かったんだと思うようにしています。別に悪いことではないと思うのです。子どものころは、出会う人皆と友達になるぞと思う時もありましたが、合う合わないがあって当然だと納得できるようになってから、自分が自分でいられるようになった気がします。趣味の読書で気の合う友達がいても、読む分野は違うかもしれない。それでも話ははずむものです。自分でいつつ相手に少し合わせる、この微妙なバランスが人間関係を上手く続けていく秘訣なのではないでしょうか。

失敗や過ちをおかすのは、悪いことではない時もあるということ

自分が何か間違えたとき、つい私じゃないと誤魔化したり逃げたりしたいけど、その間違いを素直に認められるような女性になりたいと思っています。失敗やミスは、子どもでも大人でも、おばあさんになってもしてしまうものです。聞き間違いとか勘違いとか、押し間違いなど小さな物から、仕事でのミスや人間関係が関わってくるミスなど様々です。そんな時、背を向けて隠れるのではなくて、正面からこれは私が間違えましたとそのミスや失敗を認めて謝罪できる女性になりたいと思うんです。言うのはとても簡単ですが、実際その場に立ってみるとやっぱり知らぬぞんぜぬを通したいと思うのが一般的なんです。でももういい大人です。ちゃんと謝るべき所は謝るべきです。失敗をすることは決して恥ずかしい事ではないと、以前本で読んだ事があります。同じ失敗を繰り返すのは学んでいない証拠だけど、初めて挑戦すること、自分の器より大きなことに立ち向かった時、失敗する事もあれば挫折する事もある。そんな時に失敗を認め、そこから何かを学ぶか学ばないかで人の中身は大きく変わるんだと。その言葉を胸において、同じ失敗や過ちは繰り返さないよう、非を認め前に進んで行こうと頑張っています。

朝読書は活力を生み出す

いつもよりも一時間ほど早く起きたのは、偶然でした。台所では母がお弁当を作っています。お腹はすいているけれど、今顔を出したら確実に邪魔と言われる……。そう思った私は、自室のベッドの中で本を読むことにしました。たいてい朝はばたばたしていて、起きたらご飯を食べて、ちょっと新聞を読んで、準備をして家を出る。そんな状態だった私が、朝読書です。読むのは今お気に入りのライトノベル。朝から面白い本を読むと、テンションが上がりますね。三十分ほど本を読み台所に向かった私は「おはよう!」と元気に母に挨拶することができました。いつもは「……はよ」という感じだった、私がです。本の力ってすごいです。その日一日気分がよくて、仕事もてきぱきこなせました。早起きをして充実した時間を過ごしたと思えたことも、よかったのかもしれません。でも問題はその日の夜。家に帰って夕食を食べたら眠くてしかたありません。いつもより早く起きたから当然ですよね。朝読書をするためには、夜は早めの就寝が必要なようです。朝も夜も、一時間早くすればいいんでしょうが……夜はやりたいこともあるし、早寝はなかなか難しいところです。でも朝読書は確かに素晴らしかったので、早めの就寝を心がけることにはします。

私は本でできています

図書館で絵本を数冊借りてきました。調べ物のためです。何か調べたいものがあるとき、私は基本的に子供の本から探します。大人向けのものより絵や写真は多いし、文章も簡単。初心者が読むには最適だと思っています。そして子供のものを読み終えたら大人の本でもっと難しい内容を読みます。そのころには基本がわかっているし、たくさんのイラストでイメージもつかみやすくなっているし、ステップアップにはぴったりですよね。そんなわけで、私の部屋には大人向け子供向け、様々な本が置いてあります。本棚に入らなくて床の上に積んであったり、机の上に置きっぱなしだったり。ほかの人が見たら「これ、何歳の人の部屋なの?」という感じだと思います。自分でもときどき思いますから。でも、私の好きなものがたくさん詰まった部屋でもあります。絵本も漫画も文芸書もビジネス書も。読んだ本の全てで私の心はできています。肉や魚が人の体を作るのなら、本は心の栄養剤……とは、小学生の頃に聞いた言葉ですが、本当にそのとおりなんですよ。たくさんの糧を得て、人は成長していくのです。心の成長は大人になっても続きます。これからも読みたい本を読んでいきたいと思います。そのためにまた図書館に通います。

紙袋からブックカバーへ

最近一冊の本を、一気に読みきることができません。読んでいる途中なのにほかのジャンルの本が読みたくなってしまうのが原因で、それはしかたないと思っているのですが、おかげで読みかけの本がたまっています。私、今まで本を読むときはブックカバーを付けていたんです。書店でつけてくれるものではなくて、革製だったり布製だったりのカバーです。しかし今は読んでいる本がたくさんあるので、本にカバーがついていない状態。習慣なのでやはりつけたいなあ、でも紙をまくだけでは味気ないし、せめてもう少しおしゃれにできないかとネットを探していたら……ありました。お手製のブックカバーを作る方法。しかもそれは、お店でくれる紙袋で作れるんですって。紙袋っていろいろなデザインがあって、かわいいんだけど使わない、でもかわいいから捨てられない、みたいものもありますよね。そんな状態で我が家にたまっていた紙袋に、やっと日の当たるときがきたようです。しかもこの作り方、切って折るだけなので、ぶきっちょな私でも簡単にできそうです。紙袋……その発想はなかったですね。読みかけの本がたまってしまうのは残念ですが、かわいく飾って少しでも早く読み終えるように、頑張ります。

2日目のカレーは形をかえて

カレーが丸二日続いたことがあります。家によってはカレーうどんにしたり、そばにしたりと味を変えたりもするようですが、我が家はずっとカレーライスです。でもさすがにだんだん飽きてきて、いろんなトッピングがのったりします。福神漬けに、ラッキョウ、漬物。最初はトッピングなしなので、漬物の味も新しい感じがします。でも結局カレーはカレーなんだよなあと思ったときに、本で見かけました。ご飯の形を変えたカレー! ごはんで動物の形を作って、そこにカレーをかけるのです。すごくかわいい! ということで、普段はこんな器用なことはしないのですが、ご飯をうさぎ型に盛って、周りにカレーをかけてみました。目は福神漬けです。不器用な私が作ったので少し形はいびつでしたが、それなりにかわいくて、お子様ランチみたいで素敵です。……味はカレーですけどね。でも料理は視覚も大事だと思います。きゅうりの漬物と一緒においしく食べました。これ、親戚の子供が来たときに喜びそうですね。今度やってみることにします。本では立体的な動物を作ってあったりしたけれど、それは私には無理……かな。子供とできるカレーとか、そんな本が私の手先レベルにはあってるかも。今度探してみます。

有名人と私の間に差異はない

「小説家になりたいのなら、書けばいい」と言ったのは誰だったでしょう。「どうしたら作家になれますか?」という問いに対しての答えだった気がします。それを見たとき、私は「たしかに」ととても納得しました。医師になるためには資格が必要ですが、作家には必要ないですし、今の時代ならネットで公開すれば立派なネット小説家ですよね。先日ラジオに出ていたミュージシャンの方が、そんな感じでした。ネットで歌を流したらそれが人気を呼んで、今は本業で歌を歌っているそうです。書かずにはおれない、歌わずにはおれないというのが、もしかしたら芸術家なのかもしれません。プロとしてそれ一本で食べていくにはもちろん世間受けとか考えなくてはならないし、自分のしたいことだけしていてはだめかもしれませんが、それでもやらずにはいられない。かっこいいなあと思います。自分がいきなりそうなるのは難しいので、有名人のラジオを聞いて、本を読んで、少しでもその力を自分に取り組んでいけたらいいな。ということで、最近自伝小説やエッセイを読んでいます。かっこいい人たちだって特別なわけではなく、私たちと同じ人間なのだから、私がそうなれないことはないと思うんですよ。

行けないからこそのツイッター

ツイッターでお気に入りの書店のアカウントをフォローしています。結構頻繁にセールや特集のお知らせを呟いてくれて便利です。しかしお店に出かけられるかと言えば、そうでもないんですよ。なにせお店は在来線と新幹線を乗り継いで行かなければ行けない場所。旅行の際に訪れた店なのです。「楽しそうだなあ。よし、今日行こう!」と行ける距離ではありません。だったらなぜフォローしたのかと言えば、そのお店がとても素敵だったからです。店舗は小さく、好きな本が必ず揃う可能性は限りなく低いでしょう。でも私は、そのお店は欲しい本を買いに行くのではなく、お店にある中から本を選ぶ場所だと思いました。どんな頻度かわからないけれど、変わるテーマにそっておかれた本。普段の私なら選ばない内容のものです。そうだな。例えるならば、そのお店は宝箱か福袋でしょうか。中身に出会う喜びがあるんです。遠くだから行けないけれど、また行きたいという願いを込めて、フォローしたアカウントです。今度その地に行くのはどのくらいあとかわかりませんが、絶対にまた行きたいと思っています。できれば、ちゃんとイベントをやっているときを狙って、旅行計画のメインに近い形にして、ね。

男の子みたいな女の子でした

短髪で、黒いランドセルを背負い、グレーのシャツにジーンズで、足もとは緑色の運動靴をはいた子が、元気に道を走っていました。車の中からちらっと見ただけの知らない子です。あの男の子、あんなに走って疲れないのかなあ。年よりじみた感想とともに見つめて数秒後、その子がこちらを振り返りました。その眼鏡をかけた顔を見た瞬間、私は自分の間違いに気づきました。その子は女の子だったんです。たとえば女の子ならば髪は長めであるとか、ランドセルは赤だとか。女の子はかくあるべきという思考が自分の中にもあったことに、初めて気がつきました。私自身、彼女と同じようにずいぶんボーイッシュな子供だったんですけどね。母が買ってきてくれる女の子向けの童話が好きではなくて、冒険ものばかり読んでいたあの頃。『海底二万マイル』を兄弟全員が読み終えたら『ガリバー旅行記』を買ってくれると母が約束してくれたのに、読破したのは私だけだったんですよね。結局本は買ってもらえず、実は今でも読んだことがありません。かわいい子供を見て、懐かしくも腹立たしいできごとを思い出しました。しかたがない、今度図書館で借りてこよう。今まで忘れていたのに、思い出したとたんに読みたくなるのだから、私は随分単純です。